littleMYの日記

自分が経験して、考えたことを記録するブログです。

ダリから人生観を学ぶ

 

 

先週、ダリ展に行ってきました。

 

ダリ展|企画展|展示会|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

salvador-dali.jp

 

 

ダリ、、、私は細い彫刻が好きだったのですが、絵を特に見たことがなかったので、見に行きました。そもそもダリをよく知らなかったので、どうなのかな~という気持ちで、ダリさんを訪ねました。

 

とても、、、、歪んでいるなと感じました。

 

自分の絵を見たストレートな感想なのですが、なんで私は歪んでいるように感じたのか、、、それを分析すべく、ダリの人生を探ってみたいと思います。

 

 

スペインに生まれたサルバドール・ダリ(1904年-89年)は、もっとも有名な20世紀の芸術家の一人です。1929年に彗星のようにパリの美術界に登場し、シュルレアリスムを代表する画家として活躍しますが、やがてアメリカに進出、大きな成功と人気を獲得します。その一方で、映画や演劇、ファッションなどの異分野へも積極的に参画して、ウォルト・ディズニーやエルザ・スキャパレリなどとコラボレーションを行い、次々と著作を発表して、ジャーナリズムやメディアにも盛んに登場しました。芸術と芸術家のあり方を変革したダリは、まさに現代美術の先駆者の一人ということができるでしょう。

 

引用 ダリ展より

 

そもそも、シュルレアリスムとは、なんでしょうか?

 

自分の『意識外』の部分を描く表現方法です。

 

『意識外』ということは『無意識』の部分を表現するということです。無意識の部分を描き出すことで、自分が本当はどうゆう人間なのか、自分が本当に思っていることは何なのか、自分以外のものや、自分以外の人の心の中までも表現するしようとする表現運動(表現方法)です。

 

んんんんん、、、、、、、!?

 

わかりにくいですね。

 

一言で言うならば、自分の思うままに自由に表現すること。

 

現実の目に映るものをそのまま描くのではなく、自分でいろいろな角度からとらえ、自分が描きたいように描きます。

 

自分の気持ちが直接表れているので、、、

 

その中でもダリの迷言?を紹介します。

完璧を恐れるな。完璧になんてなれっこないんだから。
富める者が自分のために戦争をする時、死ぬのは貧しき者の方なのだ。
あなたは、あなたの一生以外の何ものでもない。
我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である。
自由であるとは、自由であるべく呪われていることである。
人間の運命は人間の手中にある。
過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない。
青春というものは奇妙なものだ。外部は赤く輝いているが、内部では何も感じられないのだ。
神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ。
恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない。
眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ。
シュルレアリズムは破壊的だ。しかし、それは我々のビジョンを限定する錠の留め金とみなされるものだけを破壊するものだ。
地獄とは他人のことだ。
私が生まれるということは不条理である。私が死ぬということも不条理である。
もっといい時代はあるかも知れないが、これは我々の時代なのだ。
私は暴力に対して一つの武器しか持っていなかった。それは暴力だ。
人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである。
すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて。
一人一人の人間が究極の絶対的な自由を持っている。
私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない。
人間は自由であり、常に自分自身の選択によって行動するべきものである。
貨幣は私の力を現す。
インテリというのは真の革命家ではない。暗殺者になるくらいが関の山だ。
嘘とは、私がつくったものではなく、階級に分かれた社会に生まれたものである。だから、私は生まれながら嘘を相続している。
沈黙が金なのだ。不在が神なのだ。神とは人間の孤独さだ。俺しかいなかったのだ。
6才の時、コックになりたかった。7才の時、ナポレオンになりたかった。そして、私の野心は、それ以来着実に成長し続けている。
私は天才を自覚している。
天才になるには天才のふりをすればいい。

 

完壁には慣れっこない。。。

 

これはとても本質をついているなと感じました。

 

完璧を目指すよりも自分のできる範囲で、得意なことを伸ばしていった方が、私は良い人生を送れると思うので。

 

さらに私たちは常に悪ではなくて、善を求めている、、、、それは人間の本質ですよね。

 

若干、私はダリは現実をものすごく直視ではなく、暗い部分も知っているが故に、本当はそうではないけれど、現実はこうだよね、、、と語っているような気がします。

 

 

 

ダリ展を初期作品から見ていくと、大分作風が変わっていくのがよくわかります。

 

第1章 初期作品(1904-1922)

ポスト印象主義風の様式

 

第2章 モダニズムの探求(1922-1929)

キュビスムピュリスム未来派などの新しい芸術の影響を受けた作品を制

 

第3章 シュルレアリスム時代(1929-1939)

 

第4章 ミューズとしてのガラ

1929年夏に詩人のポール・エリュアールの妻ガラと初めて出会い、すぐ恋に落ちます。以後ガラは、常にダリに寄り添い、ミューズとしてダリの芸術に霊感を与えるとともに、一種のプロデューサーとしてダリを支援し、成功に導きます。

 

第5章 アメリカへの亡命(1939-1948)

 

第6章 ダリ的世界の拡張

アメリカ滞在中に、ダリは舞台芸術や映画などの美術の仕事を多く行い、ヒッチコック、ディズニー、マルクス兄弟などにも協力しています。また、ファッションや宝飾の仕事にも手を染め、ダリの芸術から派生したイメージは、大衆的な人気を博しました。

 

第7章 原子力時代の芸術(1945-1950s)

ダリは、1945年の広島と長崎への原爆投下に大きな衝撃を受けます。そして、新しい原子物理学の知見と宗教的な神秘主義を結びつけることで、核時代の到来によって決定的に変質してしまった新しい世界における、芸術のあり方を探ろうとしました。

 

第8章 ポルトリガトへの帰還―晩年の作品(1960s-1980s)

 

私がこの中でとても印象的だったのが、原子力にとても衝撃を受けて、それを芸術に生かしたことです。

 

私は原爆を世界の人はどう受け止めているのか、ということにあまり興味は持てなかったのですが、ダリがこんなにまでも絵に生かしていることが、衝撃でした。

 

世界の人たちから見た原爆のことは、ニュースやTVで、外国人の人は戦争を早く終わらせるためには仕方がなかったとか、どこか他人のことを言っているようで、いやでしたが、きっと人それぞれ捉え方、感じ方が違うし、どこか日本以外は自分のこととして受け止めていないからなのかな、と感じました。

 

 

そして、ダリの思想はどうだったのでしょうか?

ダリは、1938年、突然シュールレアリスト・グループから除名されてしまいます。
 

公式な書類では、ダリがヒトラーを崇拝し、ファシズムを支持したため、となっています。ダリは「私は多くの男性が女性を夢見るようにヒトラーの夢をみているのだ」と言っています。

 

ヒトラー、、、、

 

ドイツの首相として第二次世界大戦を勃発させ、反ユダヤ主義に基づきユダヤ人強制収容所でユダヤ人510万~580万人を虐殺した史上最大級の暴君ですね。

 

う、、、、、、ん。。。。。

 

と思っていましたが、

 

ダリ展のアナウンスを聞きながら見ていたのですが、その中で、ダリの自伝の中に

 

『私が後悔しているものは。信じられなかったことだ。』

 

とマリア、イエスの絵画の絵の前語っていました。

 

わたしには、ダリはいろいろなことを行い、感じ、人生をかけて何が大切か考えていく中で、一番は信じることだった。。。と私たちに伝えてくれたように感じました。

 

 

 

 

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