littleMYの日記

自分が経験して、考えたことを記録するブログです。

ちはやふると和歌

 

今回は、漫画 ちやはふる に出てくる和歌でとても心が震えた和歌を紹介したいと思います!!

 

① 17.在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)

       ちはやぶる 神代(かみよ)も聞(き)かず 竜田川(たつたがは)
  からくれなゐに 水(みず)くくるとは

 

【意味】

不思議が多かった神代の昔にも聞いたことはありません。
こんなふうに竜田川の水面に紅葉が真っ赤に映って、まるでくくり染めにしたように見えるなんて。

 

【作者について】

在原業平は、いまから1350年ほど前の貴族です。平城天皇(へいぜいてんのう)の孫でしたが、苗字を与えられ、皇族ではなくなりました。第16番の歌人である在原行平(ありわらのゆきひら)の異母弟にあたります。とても美男で恋愛上手だったそうで、『伊勢物語』の主人公だと考えられています。また、第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人六歌仙』のひとりにも選ばれています

 

★★★★


 マンガでも、この和歌は特に意味のあるものになっています。想像すると深く、真っ赤に燃えた闘志を秘めているような気がします。

 

「千早振る(ちはやぶる)」と「荒振る(あらぶる)」とは、これは正しい神の力と悪い神の力を表す言葉だそうで、「螺旋波動と鋭角波動」ともいえるそうです。

千早は細かく数多くということで、千早振るとは、毎秒何千万回も高速旋回によって起きる微振動であり、それは、例えば独楽(こま)が高速旋回して、まるで消えて止まっているような状態をいうとのことです。

それに対し、荒振(あらぶ)る神たちの「荒」とは、荒っぽく、粗野に、雑にということ、またバランスが悪く、大雑把、不安定なという意味です。

それは独楽でいえば、ぐらぐらと回っており、いつ回転が止まってこけるか分からないような不安定な状態になります。

千早振る独楽の回転は、静止しているように見えても、その回転は猛烈な旋回を続けており、まわりのどこからでも触れれば触れたものが弾きかえされる力を持ちます。

しかし、荒振る独楽の回転は、ちょっと触れば倒れます。

右へ向かって押せば右へ倒れ、左へ押せば左へ倒れる、芯のなさを表します。

千早振る状態は、旋回によって生まれた中心軸が、周囲へ向かってエネルギーを放射し、また中心に向かって吸収する力を兼ね備えています。

真ん中の軸と円周が見事に融合し、美しく、バランスのとれた世界を見せます。

前後上下左右のどこにも偏り無く、真ん中の一点に集中し、同時に四方八方に、その中心力が発露する力を有しています。

 

マンガでは、このように、【ちはやぶる】について説明をしていました。究極的に言えば、回ることにとって、安定を保っているのではないでしょうか。説明が科学的ですが、科学と想いを結び付けて想いをはせることができる、そのことがこの和歌の楽しみでもあると感じました!
 

 

 

 

② 46.曽禰好忠(そねのよしただ)

 

由良(ゆら)の門(と)を 渡(わた)る舟人(ふなびと) かぢを絶(た)え
ゆくへも知(し)らぬ 恋(こひ)のみちかな

 

【意味】

由良(現在の京都府宮津市)の海辺を漕ぎ渡る舟人が、舟を操る舵を失って、ゆくえも知れず波間に漂うように、どうなっていくのかわからない、わたしの恋の道です。

 

【作者について】

曽禰好忠は、いまから1000年ほど前の下級官僚です。和歌を詠むのが上手で、自分で新しく言葉を作って和歌に詠み込んだりするなど、革新的な歌人でした。

 

★★★

 

マンガでは、太一の試合における心の葛藤を描いていました。彼は迷いながら、得意なことではなく、あえて好きなかるたでひたむきに頑張っている姿を見ると、とても応援したくなります。ちはやに対する恋心も。どうなっていくことか。未来はどうなるかわからないことの連続です。私たちは船に取っている旅人のように身を任せることも一つの方法。それが心にとってもいいことなのかもしれません。

 


③ 93.鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)

 

世(よ)の中(なか)は 常(つね)にもがもな 渚漕(なぎさこ)ぐ
海人(あま)の小舟(をぶね)の 綱手(つなで)かなしも

 

【意味】

この世が、ずっと変わらなければよいのになぁ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟が、引き綱を引いていく様子が、しみじみと心が動かされることです。

 

【作者について】

鎌倉右大臣は、本名を源実朝(みなもとのさねとも)といいます。鎌倉幕府の第三代将軍です。鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)にいましたが、京都の文化に憧れ、この「小倉百人一首」を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)に和歌を学びました。将軍職とともに、大臣の三番目の地位である右大臣にも任ぜられましたが、28歳の若さで、甥の公暁(くぎょう)に殺されました。

 

 

④ 83.皇太后宮大夫俊成(こうごうぐうだいぶしゅんぜい)

 

世(よ)の中(なか)よ 道(みち)こそなけれ 思(おも)ひ入(い)る
山(やま)の奥(おく)にも 鹿(しか)ぞ鳴(な)くなる

 

【意味】

世の中には、つらさから逃げる方法は無いのだなぁ。強く決心をして、深い山に入ったのに、こんな山奥でも、やはりつらいことがあるのだろうか、鹿が哀しそうに鳴いているなぁ。

 

【作者について】

太后宮大夫俊成は、本名を藤原俊成(ふじわらのとしなり、俗に「しゅんぜい」と音読されます)といいます。皇太后宮大夫は職名で、皇太后宮をお世話する役所の長官です。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)の父にあたります。第89番の歌人である式子内親王(しょくしないしんのう)の和歌の師となるなど、当時の歌壇の第一人者でした。

 

★★★

この和歌の詠まれた時代は武士を巻き込んだ権力争いが多くなった時代でした。いままでの秩序が乱れ始め、貴族の力が弱まり、平家が台頭してきた頃です。そんな時代のなか、一中流貴族の俊成は、何もできず、歯がゆい思いをしていたのでしょう。いっそ出家をしてしまおう、と思いつめたこともあったのでしょう。そんな俊成の寂しさ、諦めといった気持ちが出ています。

 

★★★★

③、④はとても対照的な和歌です。③はこのままがいいのになとまだ生きたいと思う和歌ですが、一方で④はもう終わってしまいたい、この世はツライ、もうラクになりたいと思う和歌です。

 

どちらの心情にもなりえるのが、人間ではないでしょうか。世の中は楽しいことがあれば、苦しいこともある、、、そんな風に感じます。

 

マンガでは、太一が全国大会優勝をかけた試合で、運命戦になったときの札でした。人間の迷い、深さを感じさせる2枚だったのをとても覚えています。

 

和歌の対比も面白く、より知りたいと思う動機がここにもあります。

 

 

★★★★

意味、作者についての見解の参考は、

www.caruta.net

 

を参考にしました。気になる方は、ぜひご参考ください。

 

 

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